夏の昼は二時間四十分、冬は一時間二十分 ― 季節で伸縮する一刻
「一刻(いっとき)」は、おおよそ二時間。時代小説や落語でそう覚えている方は多いと思います。たしかに、おおよそは合っています。ただ、この「おおよそ」がくせ者です。江戸の一刻は、季節によって、まるごと長さが変わったのです。夏の昼の一刻と、冬の昼の一刻は、同じ「一刻」と呼びながら、中身が倍も違いました。その振れ幅を、数字で味わってみましょう。
昼と夜を、別々に六つに割る
江戸の不定時法(ふていじほう)の骨組みは、こうです。一日をまず昼と夜に分け、その境目を、夜明けの「明け六つ」と日暮れの「暮れ六つ」に置く。そして昼と夜を、それぞれ六等分する。この六分の一が一刻です。
ここがポイントです。昼の長さは季節で変わります。夏は昼が長く、冬は短い。その昼を六等分するのですから、夏の昼の一刻は長く、冬の昼の一刻は短くなる。夜はその逆です。現代の時計のように一日を二十四等分するのではなく、伸び縮みする昼と夜を、それぞれ六つに割る。だから一刻は、季節とともに呼吸するように長さを変えたのです。
別の言い方をすれば、江戸の一日は、長さの違う二本の物差しを継ぎ足したものでした。昼の物差しと、夜の物差し。夏には長い昼の物差しと短い夜の物差しを、冬には短い昼と長い夜を継ぐ。物差しの組は毎日少しずつ作り替えられますが、二本を継いだ全長——一日——だけは、いつも変わりません。昼が伸びれば夜は縮み、その合計は一定。だから不定時法は、一日の外枠では現代の暦とぴったり同じで、動くのは内側の仕切りだけなのです。一年たてば仕切りは元の位置に戻る。際限なく流れるのではなく、一年周期で呼吸する、閉じた体系でした。
夏至の昼は二時間三十九分
では、どれくらい変わったのでしょう。日本天文学会の天文学辞典の値によれば、夏至のころ、昼の一刻は約二時間三十九分、夜の一刻は約一時間二十一分(本州中部あたりの緯度での値です)。差は一時間十八分。昼の一刻が、夜の一刻のほぼ二倍あります。
一時間二十一分といえば、映画一本に足りないほど。二時間三十九分といえば、長編二本立てに近い。同じ「一刻」という名前が、これだけ違う中身を運んでいたのです。冬至には、これがそっくり裏返ります。夜の一刻が二時間半ちかくに伸びて、昼の一刻は一時間半あまりに縮む。そして春分・秋分のころだけ、昼夜の一刻はほぼ等しく、どちらも約二時間になります。じつは「一刻=二時間」という換算が正しいのは、年に二回、この時期だけなのです。
この振れ幅は、肌感覚に直すとかなり大きいものです。夏の昼八つから夕七つまで——おやつどきから夕方まで——は二時間半以上あるのに、冬の同じ「一刻」は一時間半そこそこで過ぎてしまう。約束ごとの感覚も、仕事の段取りも、この伸縮を織り込んで動いていました。
おもしろいのは、暮らしのほうが、この伸縮にじつにうまく適応していたことです。たとえば商家の家訓は「明け六つに店を開け、暮れ四つに錠をおろす」と定めます。明け六つは夏に早く冬に遅いので、この一行だけで、営業時間が夏に長く冬に短く、自動的に伸縮します。固定の「午前六時開店」ではこうはいきません。職人や農民にいたっては、明るいあいだが仕事の時間。日照がそのまま労働時間でした。誰かが季節ごとに時刻を計算し直していたわけではなく、「明け六つに」と決めておくだけで、すべてが太陽に追随して調整される。一刻の伸縮は、不便どころか、季節への適応をいわば自動化する仕掛けだったのです。
急に切り替わらない、毎日少しずつ
おもしろいのは、この変化が、ある日突然来るわけではないことです。明け六つと暮れ六つは毎日少しずつ——日に一、二分ずつ——動き、一刻の長さもそれにつれて滑らかに変わっていきます。江戸の人が日々感じる変化は、ごくわずか。それが半年積もると、倍半分の違いになる。季節とは、急に切り替わるものではなく、毎日の微差が積もったもの——不定時法は、その当たり前の事実を、時刻の長さそのものとして人びとに生きさせる制度でした。
現代にも、時刻を季節で動かす制度はあります。夏のあいだ時計を一時間進めるサマータイムです。でも、比べてみると思想がまるで違います。サマータイムは、均質な時間の格子はそのままに、格子全体を年二回、人間の決めた日付にがたんと一時間動かす。切り替えの朝には寝不足や混乱がつきものです。不定時法は、格子のほうを毎日なめらかに伸縮させるので、「切り替えの日」というものが存在しません。誰も時計を直さず、何も宣言されず、それでいて夏の暮らしは自然に朝型へ、冬は遅起きへ移っていく。「人間が時間を動かす」のと「時間が太陽についていく」のとの違いが、ここに表れています。
最小の目盛りまで、季節で呼吸する
伸縮したのは、一刻だけではありません。暮らしには、一刻より細かい単位もありました。一刻の半分が半時(はんとき)、その半分——一刻の四分の一——が四半刻(しはんとき)で、これが日常の約束ごとの最小単位でした。現代の感覚に直せば、四半刻はおよそ三十分。江戸の約束は、おおむねこの三十分刻みで動いていたわけです。
ところが、一刻が季節で伸び縮みする以上、その四分の一である四半刻も、夏の昼には四十分ちかく、冬の昼には二十五分ほどに伸び縮みします。いちばん細かい目盛りまでが、太陽とともに呼吸していたのです。分も秒も、暮らしの言葉には存在しません。それでも社会はちゃんと回っていました。社会が求める精度と、制度が供給する精度が、ぴたりと釣り合っていたのです。
振れ幅は、土地でも違う
もう一つ付け加えれば、振れ幅は土地によっても違いました。昼夜の長さの季節差は、北の土地ほど大きく、南へ行くほど穏やかになります。だから江戸と長崎では、同じ夏至の昼の一刻でも長さが違う。一刻の伸縮は、季節と土地の二つの軸を持っていたのです。
そして、いま挙げた数値はあくまで「江戸(本州中部あたり)の、夏至・冬至」という基準での値です。あなたの住む街の、今日の一刻は何分なのか——それは緯度と日付しだいで変わります。季節とともに呼吸する江戸の時間を、自分の街の空で確かめてみると、二時間が二時間でなくなる感覚が、すこし手触りを持って迫ってくるはずです。
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