暮らし言葉

九つ、八つ、七つ… なぜ数は減っていくのか

落語「時そば」の客は、そば代の十六文を「ひい、ふう、みい……」と数えながら払い、八文まで来たところで「いま何刻(なんどき)だい」と尋ねます。「へい、九つで」と返ると、「とお、じゅういち……」と続けて、まんまと一文ごまかす。この噺が成り立つのは、江戸の時刻が「九つ」「八つ」と数で呼ばれていたからです。でも、よく考えると奇妙です。九つの次は八つ、その次は七つ——数が増えるのではなく、減っていく。六つ、五つ、四つまで来ると、また九つに戻る。十も十一も十二も、どこにもありません。これは、いったいどういう仕組みなのでしょう。

まず、列の形を確かめる

確かめておくと、この数は順番ではなく、時の鐘の打数です。九つの刻には鐘が九回、八つには八回鳴る。だから時刻の名前と、耳に届く鐘の数は、いつでも一致します。

列の形そのものも見ておきましょう。九・八・七・六・五・四——名前は六つしかありません。昼も夜も六等分なのですから、これでちょうど一巡です。四の次に三へ進まないのは、進む必要がないから。六つの刻に、六つの名前。数列が四で折り返して九に戻るのは、神秘でも気まぐれでもなく、「昼夜をそれぞれ六つに割る」という骨組みの、単純な帰結なのです。

では、問うべきはどこか。なぜ「一・二・三・四・五・六」ではなく「九・八・七・六・五・四」なのか。なぜ九から始まるのか、です。

九から始まる、二つの理由

古くから語られてきた有力な説明は、こうです。陰陽(いんよう)の思想では、奇数は陽、偶数は陰とされ、陽数の極みである九は、最も縁起のよい数とされました。そこで一日の両極——真夜中(正子)と正午——に、極数の九を置く。続く刻には、九の倍数の一の位をあてていきます。

九の二倍は十八で、一の位は八。三倍は二十七で七、四倍は三十六で六、五倍は四十五で五、六倍は五十四で四。こうして九・八・七・六・五・四という、あの不思議な減算の列ができあがる——暦学者・内田正男(うちだ まさお)の『暦と時の事典』などが伝える、由来の説です。

ここまで分かると、「時そば」の仕掛けも分解できます。客が銭を「ななつ、やっつ」まで数えてから時刻を尋ねたのは、偶然ではありません。返ってくる答えが「九つ」なら、それは数詞として「やっつ」の次にぴったり接続する。もし江戸の時刻が一から十二で数えられていたら、夜更けの答えは「十一」やら「十二」やらで、銭の勘定とは噛み合いません。九から四へ折り返す数読みの、しかも九つどき(真夜中ごろ)だからこそ成立する、体系の急所を突いた詐術なのです。落語は、不定時法の構造を笑いに変えた、もっとも娯楽的な解説書でした。

縁起だけでなく、実用でも

由来はともかく、この数え方には実用の利点もありました。考えてみてください。もし刻を一から十二まで順に数えていたら、鐘は最大十二回——隣り合う十一回と十二回を、夜中の寝ぼけた耳で聞き分けるはめになります。九から四までなら、打数はつねに四回から九回の範囲に収まり、聞き分けの負担はぐっと軽い。

撞く側の労力でも節約になります。九・八・七・六・五・四の合計は三十九。昼夜で二巡だから七十八打。もし一から十二まで順に数える方式だったら、本番だけで百五十六打——九起点の減算方式は、撞き手の労力の上でも、ほぼ半分で済みます。縁起と、聞き分けやすさと、撞く側の節約。あの妙な数列は、三方良しの設計だったのです。縁起で選ばれた形が、実用で生き残った——制度が長持ちするときの、典型的な筋書きです。

十二支と重ねると、名前の隅々まで噛み合う

もう一つの妙にも気づいてほしいのです。昼夜の境界が、なぜ「六つ」という中途半端な数なのか。

九から数え下がる列を、子(ね)・丑(うし)・寅(とら)……の十二支に重ねてみましょう。真夜中の子が九つ、丑が八つ、寅が七つ、そして夜明けの卯(う)がちょうど六つに当たります。夕方も同じで、正午の午(うま)から数え下がると、日暮れの酉(とり)が六つになる。つまり「明け六つ」「暮れ六つ」という境界の名前は、誰かが六を選んだのではなく、九起点の減算列が、境界の位置で自然に六を割り当てた結果なのです。

一日の刻の円環。上半分(明け六つから昼九つを経て暮れ六つまで)が昼、下半分が夜。外周に十二支、内周に九つ〜四つの数読みを配し、刻名は漢数字の文字で組んである。明け六つ・暮れ六つの位置は、季節とともにこの円環の上を動く。

同じ刻が「卯の刻」とも「明け六つ」とも呼ばれ、どちらで言っても通じる。十二支は一日をぐるりと回る十二の名前、数読みは九から四への減算を昼夜で二回繰り返す六つの名前。一つの時刻体系に、二つの語彙が二重らせんのように重なっています。「九つ・八つ」という名前は、絵柄ではなく、読まれ、数えられるための言葉でした。だから、この数は今も漢数字の文字のまま受け継がれています。

二つの動かない錨と、名前が運ぶ時間の質

伸縮する、と聞くと、何もかもが流動する頼りない体系を想像するかもしれません。けれど、この数読みには動かない錨が二つあります。真夜中(正子)と正午——どちらも「九つ」です。九の数は一日の両極に釘付けされ、季節が変わっても動きません。動くのは明け六つと暮れ六つ、つまり昼と夜の境界のほうで、残りの刻は、この錨と境界のあいだを等分する形で位置を変えます。でたらめに流れているのではなく、定点と境界と等分という規則で、きっちり決まる体系なのです。

もう一つ、味わっておきたいことがあります。数読みの頭には、暁(あかつき)・朝・昼・夕・宵(よい)・夜、といった接頭語が付きました。これは「暁九つ」と「昼九つ」、「夜四つ」と「昼四つ」を区別する実用の言葉であると同時に、一日の時間の質感を塗り分ける、感覚の地図でもありました。暁は夜の底が抜ける気配の時間、宵はまだ人声の残る夜の入り口、夜はその先の深い闇。現代の「午前二時」という無表情な座標と違って、江戸の時刻の名前は、その時間がどんな時間かまで運んでいたのです。減っていく数の一つひとつが、ただの番号ではなく、時間の手触りを抱えていました。

ちなみに、この数列は、いまも一つだけ暮らしのなかに生き残っています。午後の間食を「おやつ」と呼ぶ、あの言葉です。八つ、という数が、どうして菓子の名前になったのか——それは、また別の話で。

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