仕組み工学

七ミリの宇宙 ― 虫歯車はどう一刻を伸縮させるか

ふつうの和時計(割駒式)では、季節が進むたびに、人が文字盤の駒の間隔を手で直してやる必要があります。ところが、田中久重(たなか ひさしげ)が嘉永四年(一八五一)に完成させた万年自鳴鐘(まんねんじめいしょう)の和時計面では、その駒が一年をつうじて、ひとりでに動きます。これを担ったのが、わずか七ミリほどの「虫歯車(むしはぐるま)」でした。この小さな部品は、どうやって季節の伸縮を自動で生み出したのでしょう。仕組みそのものに、降りていきます。

まず、解くべき問題を正確に

問題はこうです。割駒式の和時計では、季節が進むたびに、人が文字盤の駒の間隔を手で直します。これを機械に肩代わりさせるには、何が必要でしょうか。

必要なのは、「昼夜の長さの季節変化」という自然現象を、歯車の動きとして作り出すことです。ところが、ここに厄介な事情があります。この変化は、一定の速度では進まないのです。昼の長さは、夏至と冬至の前後ではほとんど変わりません。逆に、春分・秋分の前後でいちばん速く変わります。一年分をグラフに描けば、なめらかな波——正弦波に近い曲線——になります。

一方、ぜんまいから歯車で取り出せるのは、基本的に一定の速さの、一方向の回転だけです。等速の回転から、速くなったり遅くなったり、行っては戻る波打つ動きを作る——これが、虫歯車に課された仕事でした。一定のものから、変化するものを生む。ここが、この機構のいちばんの難所です。

不等間隔の歯が、速度を「変える」

虫歯車は、八つの歯を持ちます。けれど、その歯は普通の歯車のように等間隔ではありません。間隔も取り付け角度も一つずつ異なり、全体として虫がうずくまったような異形をしている——「虫歯車」の名は、この見た目から、後の復元チームが付けたものです。

この不等間隔の歯が、互い違いに組み合わされた二枚の片歯車(かたはぐるま)と噛み合います。すると、一方向の等速回転から、行っては戻る往復運動が生まれ、その往復で割駒が文字盤の上を押し引きされます。ポイントは、歯の間隔が均等でないために、噛み合いが進むにつれて送り出される量が刻々と変わることです。歯が詰まっているところでは速く、開いているところではゆっくり。普通の歯車なら一定だったはずの動きが、歯の配置そのものによって、速くなったり遅くなったりする。その押し引きの量が、ちょうど一年の昼夜の伸縮——あの正弦波に近い曲線——をなぞるように、歯の一つひとつの位置と角度が決められているのです。

虫歯車のはたらきの模式図。八つの歯はどれも間隔も取り付け角度も異なる、約七ミリの異形の歯車。これが互い違いに組んだ二枚の片歯車と噛み合い、等速の回転を往復運動に変えて、割駒を押し引きする。その押し引きの量が、一年の昼夜の伸縮(正弦波に近い曲線)をなぞるように、歯の位置と角度が定められている。原理を示す簡略図で、歯の正確な配置は示さない。

言いかえれば虫歯車とは、太陽の一年の運行を解析して、その変化のぐあいを金属の形そのものに焼き付けた部品です。現代の機械工学なら、非円形歯車やカムによる非線形運動の生成、と呼ぶところでしょう。設計には、昼夜の長さの季節変化を数として正確につかむ暦学の知識が要り、製作には、不揃いの歯を狂いなく切り出す工作の腕が要る。京都で暦学を、蘭学者のもとで西洋の学問を修めたからくり師——久重ただ一人の経歴が、この部品の存在条件でした。

一年の波を、八つの歯に畳む

ここで、八つ、という歯の数にも目を向けてみましょう。一年の昼夜の変化はなめらかな連続した曲線です。それを、たった八つの歯の位置と角度で写し取る——いわば、連続する波を、とびとびの八つの点で近似しているわけです。歯の一枚一枚が、一年のどこかの「変化の速さ」を担い、それらが順に噛み合っていくことで、全体として連続した季節の伸縮が再現されます。少ない部品で、なめらかな自然をどこまで忠実になぞれるか——虫歯車の設計とは、この近似の精度を、歯の配置に賭ける仕事でもありました。

そして、この往復運動の先には、文字盤の割駒がつながっています。虫歯車が生んだ「行っては戻る、その量が季節で変わる動き」が、そのまま割駒を押し引きし、刻の目盛りの間隔を一年かけて伸縮させる。人がやっていた「節気ごとに駒を手で動かす」作業を、虫歯車は連続した運動として代行したのです。とびとびの手直しが、なめらかな自動運動に置き換わった——これが、この機構のいちばんの達成でした。

「形」で解くか、「運動」で解くか

じつは、不定時法の伸縮を非線形の仕掛けで解く工夫を、和時計はすでに一つ持っていました。波板式(なみいたしき)です。一年分の刻の伸縮を、あらかじめ波形の曲線として目盛り板に彫り込み、指標をその波に沿わせて読む——昼夜の伸縮を、板の上の「形」として最初から描いておく方式です。

けれど、波板は、しょせん目盛りの曲線であって、自分では動きません。一年間、人手なしで駒を動かし続けるには、形ではなく「運動」そのものを非線形にしなければならない。波板式が静的な解だとすれば、虫歯車は動的な解です。波板が形で吸収した季節の伸縮を、虫歯車は運動そのものに繰り込みました。割駒式が「機構の速さは変えず、目盛りの側を動かす」発明だったとすれば、虫歯車は、その目盛りの動かし方までも機構に取り込んだ——いわば「自動割駒式」の最終形だったのです。

ちなみに、この虫歯車については、「世界に類を見ない」という最大級の評価が、復元事業の検証を経た事実として与えられています。なぜその賛辞をこの一点に限って言えるのか、という話は、別の記事「『世界に類を見ない』と言ってよいのは、どこか」にゆずります。この記事では、唯一性そのものより、それがどう不定時法を解いたかに焦点をあてました。

自然を、金属の形に翻訳する

最後に、ひとつの照応を。江戸後期の暦学者たちは、「手の筋が見える明るさ」という自然の現象を、太陽の伏角という一つの角度に翻訳しました。久重は、昼夜の長さが一年かけて変わるという自然の現象を、八つの歯の位置と角度に翻訳しました。紙の上の角度と、金属の歯形。媒体は違っても、どちらも「伸縮する自然をきっかり定義し、再現できるようにする」という同じ仕事です。

七ミリの虫歯車は、太陽の一年を手のなかに畳み込んだ、小さな宇宙でした。その季節で伸縮する刻を、いまは手のひらの上で、もう一度たどることができます。

この記事の時間を、アプリで味わう。