「ブルーライトは睡眠を破壊する」は本当か
「寝る前のスマホは、ブルーライトで睡眠を壊す」。いまや、ほとんど常識のように語られる話です。画面に貼る保護フィルム、青い光をカットする眼鏡、スマートフォンの「ナイトモード」――対策をうたう商品も、たくさん出回っています。
けれど、この広く信じられた話は、科学的には、どこまで本当なのでしょうか。結論を先に言えば、ここには「確かな事実」と「ふくらみすぎた通説」と「見過ごされている本当の原因」の、三つが入り混じっています。順にほどいていきましょう。
確かなこと ― 光は、たしかに体内時計に作用する
まず、土台となる事実から。「光が、夜の身体に影響する」こと自体は、まぎれもなく本当です。
わたしたちの目の奥には、ものを見るための細胞とは別に、光の明るさそのものを感じ取る特別なセンサーがあります。このセンサーは、青い波長の光にとくに強く反応し、その情報を脳の体内時計へ送っています。夜に強い光――とりわけ青みを含む光――を浴びると、「眠りのホルモン」とも呼ばれるメラトニンの分泌が抑えられる。これは、よく管理された実験室の研究で、くりかえし確かめられてきた、確かな生理の仕組みです。
ですから、「夜の光が体内時計の合図を弱める」という出発点は、誇張でも何でもありません。問題は、ここから先です。この確かな事実が、いつのまにか、ずいぶん大きな話へとふくらんでいくのです。
ふくらみすぎた通説 ― 「だから対策グッズで睡眠が改善する」
「光がメラトニンを抑える」。この事実から、多くの人はこう考えます。「では、青い光をカットすれば、睡眠は改善するはずだ」と。ブルーライト遮断眼鏡が売れるのも、この理屈があるからでしょう。
ところが、実際に調べてみると、話はそう単純ではありません。ブルーライトをカットする眼鏡が睡眠を良くするのか――この問いを検証した複数の比較試験をまとめた分析では、客観的に見て、睡眠を改善する確かな効果は見出せませんでした。ある研究では、遮断眼鏡をかけた群とそうでない群で、寝つくまでの時間に意味のある差は出ませんでした。スマートフォンの「ナイトモード」についても、画面を暖色にした場合としない場合で、睡眠に差が見られなかった、という報告があります。
実験室で「メラトニンが抑えられる」のは事実なのに、なぜ、現実の対策グッズでは、はっきりした効果が出にくいのでしょう。理由のひとつは、効果の大きさにあります。実験室で大きな抑制が起きるのは、強い光を、長い時間、理想的な条件で浴びたとき。日常のスマートフォンの光は、それよりずっと弱い。さらに、夜のメラトニンへの感受性には、人によって大きな個人差があることも分かってきました。
ここで、ひとつ大事な但し書きを。「効果が乏しい」ことは、「作用がまったくない」ことと同じではありません。遮断眼鏡やナイトモードに、生理的な作用がゼロだというわけではないのです。ただ、「睡眠を劇的に改善する」と宣伝されるほどの力は、確かな証拠としては示されていない――そう正確に受け取るのが誠実なところです。
そして、いきすぎた通説の極端な例が、「ブルーライトで失明する」という類の話です。これは、眼科の専門家からも明確に否定されています。日常のスマートフォンやパソコンの画面から出る青い光の量は、屋外で浴びる太陽光に含まれる青い光の、およそ千分の一ほど。日常的な使用で網膜が損傷するという主張には、科学的な裏づけがありません。
本当の犯人 ― 光ではなく、「夜ふかし」と「興奮」
では、夜のスマートフォンが睡眠に良くないという実感は、まったくの気のせいなのでしょうか。そうではありません。ただ、犯人が「青い光」だと思われているところに、すれ違いがあるのです。
近年の研究が指摘するのは、もっと素朴な原因です。ひとつは、就床時刻の先延ばし。スマートフォンを見ていると、「あと一本だけ動画を」「もう少しだけSNSを」と、ついつい寝る時刻が後ろへずれていきます。睡眠を削っている最大の要因は、光の波長ではなく、単純に「夜ふかしさせられていること」だ、というわけです。
もうひとつが、コンテンツによる脳の興奮です。仕事のメール、心がざわつくニュース、白熱した議論、面白くてやめられないゲーム――これらは、脳を覚醒させ、交感神経を高ぶらせます。眠りを妨げているのは、画面の色ではなく、その向こうにある中身のほうなのです。考えてみれば、青い光を完璧にカットした画面で、手に汗握るホラー映画を見ても、すんなり眠れるとは思えません。
つまり、因果の向きが取り違えられているのです。「ブルーライトが睡眠を壊す」のではなく、「夜にスマートフォンを使う習慣が、夜ふかしと興奮を通じて睡眠を妨げ、ついでに青い光も浴びている」というのが、実態に近い。青い光は、犯人というより、その場に居合わせた目撃者のようなものなのかもしれません。
見分ける目を持つ ― そして、夜の暗さへ
ブルーライトの話を、三つに腑分けしてみました。光が体内時計に作用するのは確かな事実(A)。けれど、対策グッズが睡眠を劇的に改善するというのは誇張で、失明説に至っては誤り(B)。そして本当に睡眠を妨げているのは、夜ふかしとコンテンツの興奮のほうである(C)。
ここで持ち帰っていただきたいのは、ブルーライトという個別の結論よりも、それを見分けるための「目」のほうです。「光がメラトニンを抑える(効果がある)」ことと、「だから対策で睡眠が劇的に改善する(万能だ)」ことは、別の話。実験室の理想条件で起きることと、現実の暮らしで起きることも、別の話。そして、関連があること(夜のスマホと不眠)と、何が原因か(光か、夜ふかしか)も、注意深く分けて考える必要があります。
では、夜のスマートフォンと、どう付き合えばよいのか。青い光を恐れて高価な眼鏡を買うより、ずっと効くのは、素朴な工夫のほうです。寝る前の時間に区切りをつけて、夜ふかしそのものを防ぐ。心がざわつく内容を、寝る直前には避ける。そして、画面の色を気にする以上に、寝室全体の明かりを、夕方からゆるやかに落としていく。
「夜の光」が体内時計の合図を弱めること自体は、確かでした。だとすれば、本当に意味があるのは、一枚の画面の色ではなく、夜という時間全体に、もう一度ほんものの暗さを取り戻すことなのです。その「夜の暗さ」を味方につける話は、また別の機会に、じっくりとたどってみたいと思います。
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